
JOFチームミーティングで登壇したのは、仙台市で開業9年目を迎える「せせらぎ歯科クリニック」院長・川村先生。
仙台駅から車で15〜20分、古い町並みが残る住宅地で、開業当初からメディカルトリートメントモデル(MTM)を診療システムの中核に据えてきたオーラルフィジシャン医院です。
大学では補綴学、とくに義歯を専門として診療・教育・研究に携わってきた川村先生。
転機は、ご自身のお子さんの誕生でした。
「6か月ぐらいで歯が生えてきたときに、ふと『自分がこれまで学んできた義歯の勉強は、この子に対して本当にやりたいことなんだろうか?』と考えてしまったんです」
その違和感が、「治す医療」から「病気にしない医療」への軸足の移動を促しました。
数あるセミナーの中から酒田のオーラルフィジシャン・セミナーを受講し、そこでMTMと出会ったことが、現在のせせらぎ歯科クリニックの原点となります。
OP育成セミナーで掲げた「公約」
――短期・中期・長期、そして最終目標「八木山モデル」
OP育成セミナーの受講時、川村先生は自院の将来像を「目標スライド」として明文化しました。
症例報告や医院紹介に続いて提示されたのは、次のような4つのゴールです。
- 短期目標(1年以内)
- 資料採得体制の確立
- MTM実施率70%
- 院内外セミナー(母親教室など)の開催
- 中期目標(3年以内)
- 初診からのメンテナンス定着率70%
- ユニット増設
- 啓蒙活動の拡大
- 長期目標(10年以内)
- 最終目標
- 診療圏である八木山中学校区(八木山地区住民)の口腔疾患発症率を下げ、「八木山モデル」をつくる
「熊谷先生の酒田モデルには到底及ばなくても、せめて“八木山モデル”ぐらいはつくりたい。
そのつもりで、みんなの前で“公約”として発表しました」
川村先生は、このスライドを「一度きりの発表資料」で終わらせません。
院内会議や新人スタッフのオリエンテーションのたびに引っ張り出し、医院の進むべき方向を共有する“理念ボード”として活用し続けています。

開業初日から「MTM医院としてスタート」
――内覧会も、チラシも、すべて行動変容デザイン
せせらぎ歯科クリニックがOP育成セミナーを受講したのは、まだ診療所の建物が基礎工事の段階の頃。
つまりこの医院は「途中からMTMに切り替えた」のではなく、最初からMTM医院として開業した数少ないケースです。
- 新聞折り込みチラシは「予防型歯科医院オープン」を前面に
- 内覧会では風船・お花ではなく、回廊式に院内を案内する“予防ツアー”形式
- カウンセリングルームで医院理念やKEEP28の話
- 滅菌・感染対策エリアの見学
- サリバテストや機器の説明
- 最後に、MTMの考え方をまとめた小冊子を配布し、「治療よりも予防」を印象づける
こうした「初期接点からの行動変容デザイン」によって、開業1年目にもかかわらず、
サリバテスト実施+MTM導入患者の割合は76.4%に到達。
9年目の現在も、おおむね75〜80%の範囲を維持しているといいます。
母親教室から中学校の授業まで
――地域全体を巻き込む「八木山モデル」への布石
短期目標のもうひとつの柱が、地域への啓蒙活動です。
川村先生は、母親教室や子育て世代が集まる場に企画書を持ち込み、地道に扉を叩きました。
その結果、
- 目の前の小学校に併設された児童館での親子向けセミナー
- 患者さんのつながりで実現した、保育園や母乳育児相談室での予防歯科講話
- 小学校の夏休みイベントでの紙芝居&スライドによる「むし歯予防教室」(歯科衛生士主導)
と、未就学児〜小学生までの層に対する継続的な健康教育が形になっていきました。
さらに幸運が重なります。目標に掲げていた八木山中学校の校医に就任し、中学生への授業の機会も得ることができたのです。「中学生、とくに中2ぐらいになると、“むし歯菌”“感染症”“カリオロジー”を学問として理解してくれる。小学生とは明らかに反応が違います」
実際に届いた感想文には、
「そもそもむし歯菌が口の中になければむし歯にならないと知って驚いた」
「100年、自分の歯で食事をしたい。自分の意識次第で、それが可能だと分かった」
といった言葉が並びます。
「自分ごと」としての予防歯科を、思春期の子どもたちに届ける——
八木山モデルのコアとなる取り組みが、少しずつ形になってきています。

メンテナンス率と「ピンチを乗り切る力」
――初診制限・コロナ禍・スタッフ退職…それでも舵を戻さなかった理由
一方で、すべてが計画通りに進んだわけではありません。
中期目標として掲げた「初診からのメンテナンス定着率70%」は、現時点では未達成です。
- 初診からのメンテナンス定着率(6か月スパン):約43%
- JOF基準(非定期・不定期=2年)で補正しても、概ね6割程度
しかし、ここで重要なのは「現在通院している患者集団の質」です。
九年目のデータでは、来院中患者の91.3%が“治してほしい”ではなく“きれいにしてほしい”“管理してほしい”というメンテナンス目的で通院しています。
この数字の裏には、いくつもの「ピンチ」がありました。
- 歯科衛生士の退職 → MTMが維持できないと判断し、初診を制限
- コロナ第1波 → スタッフの送迎・感染対策を徹底しながらも、定期管理の質を落とさない範囲で診療を継続
- スタッフの感染・院長自身の罹患 → 一時的な患者数の急減
- ユニット(4台)のキャパシティ限界 → アポイント帳が“メンテナンスで埋まる”ことで、初診制限が必要に
このとき、川村先生は「MTMの舵を戻さない」ことを徹底しました。
「MTMができない患者さんは、今は診るべきではない。
定期管理の質を落とさないために、あえて初診を止める選択をしました」
院内への掲示には、
「定期管理の質を落としたくないため、現時点では家族・障害者など一部の方のみ新規受け入れ」といったメッセージを明示。
患者側からすれば、 “自分の歯を本気で守ろうとしている医院”としてのブランドが、むしろ強化されていきました。
興味深いのは、三度目の「初診カット」の場面です。
このときは、院長からではなく、スタッフ側から「初診を止めましょう」と提案が出たといいます。
「これはもう、理念がチームに浸透している証拠だと感じました」
「理念が浸透したチームは、ピンチでも迷わない」
――戦国時代から学んだ、せせらぎ歯科クリニックの教訓
発表の最後に川村先生が紹介したのは、長男が読んでいた歴史読み物
『13歳の君と戦国時代の話をしよう』の一節でした。
三方ヶ原の戦いで、徳川家康は武田信玄に大敗し、命からがら逃げ延びます。
その過程で、多くの家臣が自らの命を投げ出して主君を守り抜きました。
著者はこの場面を、こう解説します。
「家臣たちの中に“徳川家を存続させる”という理念が徹底していたからこそ、
ピンチの中でも優先すべき選択を迷わなかった」
川村先生は、この一節に強く心を動かされたと言います。
「理念がチームに浸透していれば、どんなピンチでも“何を優先すべきか”はブレない。
せせらぎ歯科がここまで来られたのも、そのおかげだと感じています」

KEEP28を共通の理念として
――酒田モデルから、各地の「ローカルモデル」へ
せせらぎ歯科クリニックは、
- 開業時からMTMを診療システムとして導入
- サリバテスト・リスク評価を起点とした継続管理
- 幼児〜小学生〜中学生へと連続した地域啓蒙活動
- ピンチのたびに「治療量」ではなく「定期管理の質」を守る選択
という、KEEP28を本気で目標に据えた少数のOP医院の一つです。
「私たちは、MTMを手段とし、KEEP28を理念として共有する“チーム”だと思っています。
酒田モデルをお手本にしながら、それぞれの地域で“ローカルモデル”をつくっていきたい。
八木山モデルも、その一つになれればと考えています」
JOFチームミーティングでのこの報告は、「MTMを導入するかどうか」ではなく、
“一度切った舵を、どこまでブレずに切り続けられるか”という、私たち全員への問いかけでもありました。
KEEP28を共通の理念として掲げる全国のOP医院にとって、
仙台・八木山からのこのレポートは、確かな勇気と具体的なヒントを与えてくれるはずです。
執筆:JOF事務局/伊藤